担当者の紹介

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 私,青塚剛志は,2013年度末に43年間勤めた駿台予備学校での仕事から引退し,ほぼ同時に,有限会社青塚教育研究で約20年間続けてきた通信教育も終了しました。
 しかし,教壇で長時間教えるのは難しくなったとはいえ,まだまだ高校生や受験生を指導する気力と体力はあるので,長い期間の間に蓄積した教材と新しく作成する教材を併用して通信添削の仕事を行うことにしました。
 大規模な事業として添削を行う気はないので,青塚数学教室の室長である青塚剛志が教材の作成から添削までのすべての仕事を1人で行います。

青塚剛志が歩んできた道

 1942年博多で生まれ,
 間もなく,埼玉県北浦和へ移転しました。
 空襲警報の声を聞く度に,縁の下から地下の防空壕へ避難したことを 覚えています。当時の北浦和は駅から少し離れると一面に田んぼや森が 広がる田園地帯でした。
 やがて,東京へ移りました。東京で最初に通学したのは代官山の猿楽小学校。 運動場がコンクリートで舗装されていたのには驚きました。
 次は上目黒の烏森小学校。夕方になると,家の近くの畑道から金色に輝く 富士山をよく眺めました。
 東京で最後に通ったのは三軒茶屋の太子堂小学校でした。住宅事情が 悪かったこともあり,実によく転校しました。

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