オイラー(Leonhard Euler)

( 1707-1783 )

人

 スイスのバーゼルで生まれ,1720年にバーゼル大学へ入学して数学を学んだ後,1727年にペテルスブルクへ行きました。
 当時のロシアはピョートル大帝の長い治世が1725年に終り,女帝エカチェリーナ1世に続いて 1727年にピョートル2世が即位したときで,政情が大変不安定でした。しかし,1741年から1766年までベルリンアカデミーで研究した期間を除き,オイラーはペテルスブルクで研究を続け,800を超える論文や本を書いた後,ペテルスブルクで亡くなりました。
 オイラーの研究はニュートンライプニッツが創始した微積分学に関するものが主ですが,当時としては当然ながら,力学や物理数学,応用数学に関するものも多く含まれています。
 オイラーの公式、オイラーの関数,オイラーの定数,オイラーの微分方程式など,オイラーの名前がつけられたものは少なくありませんが,高校の数学の教科書に出てくるものはほとんどありません。しかし,オイラーが初めて用いた記号などには現在も用いられているものがたくさんあり,たとえば自然対数の底 (1727年), 円周率 π (1736年),和の記号 Σ (1755年),虚数単位 (1777年) などは高校生にもなじみ深いものです。また,記号以外にも,集合を平面上の図形で表したヴェン の図形として高校生にも知られているものは Euler の図形ともいうそうですし,三角形の3本の垂線の足,垂心と各頂点とを結ぶ線分中点,各辺の中点の合計9個の点を通る九点円と呼ばれるはオイラーの円とも呼ばれるそうです。
 なお,微積分学の基礎となる関数や極限定義が当時まだ直感的なのはやむを得ないことであり,オイラーも関数としてで書かれたもののみを考え,
  「変化する量の関数とは,その変化する量と数値定数から作られた式である」
と定義しています。
  (2014年3月25日改訂)